認知症の「帰りたい」は不安のサイン ――帰宅願望が起こる理由と、安心につながる関わり方
2025/12/22
目次
「家に帰りたい」
そう訴えられると、
戸惑いや切なさ、時には疲れを感じてしまうこともあるかもしれません。
しかもそれが、
自宅にいるときであったり、何度説明しても繰り返されたりすると、
「どうしてわかってくれないのだろう」
「何と声をかければいいのだろう」
と、家族の心がすり減ってしまうことも少なくありません。
けれど、認知症の方が口にする「帰りたい」という言葉は、
単に場所としての家を指しているわけではないことが多いのです。
そこにあるのは、
「ここはどこだろう」
「私は安全なのだろうか」
「誰かがそばにいてくれるだろうか」
といった、言葉にならない不安や混乱です。
記憶や時間の感覚が揺らぎ、周囲の状況がつかめなくなったとき、
人は誰でも、かつて安心できた場所や役割を思い浮かべます。
認知症の方にとっての「帰りたい」は、
安心できる居場所を探す心のサインなのです。
このブログでは、
認知症の方がなぜ「帰りたい」と訴えるのか、
その背景にある不安の構造をひもときながら、
家族や介護者ができる「安心につながる関わり方」をお伝えしていきます。
正解を探すためではなく、
少しでも気持ちが軽くなるヒントを見つけるために。
そんな視点で、読み進めていただけたらと思います。
認知症の方が訴える「家に帰りたい」という言葉は、
そのままの意味で受け取ると、どう対応してよいか分からなくなってしまいます。
しかし、医学的・心理的に見ると、
帰宅願望は“場所へのこだわり”ではなく、
“安心を求める反応”であることが多いと考えられています。
「ここが家だよ」が通じない理由
認知症では、記憶障害や見当識障害(時間・場所・人物が分からなくなる)が進行します。
すると、
- 自分がどこにいるのか分からない
- 周囲の人の顔に見覚えがない
- 今がいつなのか判断できない
といった状態が重なり、
本人にとっては「突然、知らない場所に置かれた」ような感覚が生まれます。
このとき、
いくら「ここは自宅ですよ」「さっき説明しましたよ」と伝えても、
その情報自体を記憶として保持することが難しいため、
本人の不安は解消されません。
むしろ、「分からない自分」を突きつけられたように感じ、
不安や混乱が強まってしまうこともあります。
「帰りたい」は過去の記憶から生まれる
認知症では、
新しい記憶よりも、古い記憶のほうが保たれやすいという特徴があります。
そのため、
- 子育てをしていた頃の家
- 働いていた時代の生活リズム
- 家族としての役割を果たしていた記憶
といった、「安心していた時代の記憶」が前面に出てきます。
本人の中では、
その時代の「家」こそが本当の居場所であり、
現在の住まいは、たとえ長年暮らしてきた自宅であっても、
「ここではない」と感じられてしまうのです。
夕方から強まる理由――夕暮れ症候群との関係
帰宅願望は、特に夕方から夜にかけて強まることがよくあります。
これは、いわゆる「夕暮れ症候群(サンダウニング)」と関係しています。
- 日没による視覚情報の減少
- 疲労の蓄積
- 生活音や人の動きの変化
これらが重なることで、
もともと不安定な認知機能がさらに揺らぎ、
「家に帰らなければ」という衝動として表れやすくなります。
この時間帯に見られる帰宅願望は、
意思の問題ではなく、脳の情報処理能力が低下した結果と捉えるほうが適切です。
帰宅願望は「困った行動」ではない
ここで大切なのは、
帰宅願望を「困った行動」「止めるべき症状」とだけ捉えないことです。
帰宅願望は、
- 不安を感じている
- 状況が理解できず混乱している
- 安心できる拠り所を探している
という、本人からのメッセージでもあります。
そのサインをどう受け取り、どう関わるかによって、
症状の強さや頻度は大きく変わってきます。
次の章では、
この帰宅願望の背景にある「不安」が、
どのような構造で生じているのかを、もう少し詳しく見ていきます。
帰宅願望の背景にあるのは、
「家に戻りたい」という単純な希望ではありません。
その根底には、
自分の状況が分からないことから生じる強い不安があります。
認知症の方が感じている不安は、
私たちが日常で感じる不安とは、少し質が異なります。
「わからない」ことが続く不安
認知症では、次のような状態が重なって起こります。
- ここがどこなのか分からない
- なぜ自分がここにいるのか分からない
- 周囲の人が誰なのか分からない
- これから何が起こるのか予測できない
これは、
地図も時計も説明もないまま、知らない場所に置かれた状態に近い感覚です。
この「わからない状態」が続くと、
人は本能的に、いちばん安全だった場所を思い浮かべます。
それが、
認知症の方にとっての「家」なのです。
不安は言葉ではなく「行動」で表れる
認知症が進むと、
自分の気持ちを言葉で整理したり、
「私は不安です」と説明したりすることが難しくなります。
その代わりに、不安は
- 落ち着きなく歩き回る
- 同じ言葉を繰り返す
- 「帰りたい」「迎えに来てほしい」と訴える
といった行動や言葉の形で表れます。
帰宅願望は、
不安を訴えるための“数少ない表現手段”でもあるのです。
「安心できた記憶」に引き戻される心
不安が高まると、人は過去の安心できた記憶に戻ろうとします。
認知症の方の場合、
- 家族として役割を果たしていた時代
- 誰かを世話していた頃
- 生活の流れがはっきりしていた時期
といった、
「自分が自分でいられた記憶」が前面に出やすくなります。
その結果、
「ご飯を作らなきゃいけない」
「子どもが待っている」
「早く帰らないといけない」
といった訴えが生まれます。
これは事実の記憶というより、
役割や安心感の記憶に引き戻されている状態と考えられます。
不安は、関わり方で強くも弱くもなる
ここで重要なのは、
帰宅願望そのものよりも、
そのときの不安がどれくらい強まっているかです。
- 否定される
- 急かされる
- 理由を問い詰められる
こうした関わりは、
「わかってもらえない」という感覚を生み、
不安をさらに増幅させてしまいます。
一方で、
- 気持ちに共感される
- 落ち着いた声で対応される
- 安全で予測しやすい環境が保たれる
こうした関わりは、
帰宅願望そのものが消えなくても、
不安の強さを和らげる効果があります。
「帰りたい」は、安心を求めるサイン
帰宅願望は、
問題行動でも、わがままでもありません。
それは、
- 安心したい
- 混乱から抜け出したい
- 誰かに守られていたい
という、とても人間らしい反応です。
次の章では、
この不安を和らげるために、
家族や介護者ができる具体的な関わり方を、
実践的な視点で整理していきます。
「家に帰りたい」と言われたとき、
多くの家族が最初に思うのは、
「どう説明すれば納得してくれるだろう」
「とにかく外に出さないようにしなければ」
ということかもしれません。
けれど、帰宅願望の背景にあるのが不安や混乱である以上、
大切なのは「正しさ」ではなく、安心につながる関わり方です。
「否定しない」が基本になる理由
帰宅願望への対応で、まず意識したいのは
事実の訂正を急がないことです。
「ここが家ですよ」
「もう夕飯は終わっていますよ」
「外は危ないからダメです」
こうした言葉は、
内容としては正しくても、
本人にとっては
- 自分の感じていることを否定された
- 分からない自分を責められた
という体験になりやすく、
結果として不安を強めてしまうことがあります。
認知症の方にとって、
「納得できない」のではなく、
「理解できない」状態であることを、まず前提に置くことが大切です。
まずは「気持ち」に応答する
帰宅願望が出たときは、
行動を止める前に、気持ちに応答することを意識します。
たとえば、
- 「帰りたいんですね」
- 「落ち着かない気持ちなんですね」
- 「何か心配なことがあるのかもしれませんね」
といった言葉は、
事実を肯定するのではなく、
感情を受け止める関わりです。
「わかってもらえた」という感覚は、
それだけで不安を和らげる力を持っています。
「止める」より「流れを変える」
帰宅願望が強いとき、
無理に止めようとすると、
対立構造が生まれやすくなります。
その代わりに有効なのが、
注意の向きを変える関わり方です。
- 「その前にお茶を飲みませんか」
- 「少し休んでからにしましょう」
- 「これを手伝ってもらえますか」
目的は「帰宅を忘れさせること」ではなく、
不安から一度距離を置くことです。
多くの場合、
気持ちが落ち着くと、
帰宅願望そのものも弱まっていきます。
安心感は「環境」からも生まれる
言葉だけでなく、
環境づくりも重要な関わりのひとつです。
- 照明を明るく保つ
- 生活音を急に変えない
- 慣れた物や写真を身近に置く
こうした工夫は、
「ここは安全な場所だ」という感覚を、
言葉を使わずに伝えてくれます。
特に夕方以降は、
視覚情報が減ることで不安が強まりやすいため、
環境の安心感がより重要になります。
うまくいかない日があってもいい
帰宅願望への対応には、
「これをすれば必ず落ち着く」という正解はありません。
同じ関わりでも、
- うまくいく日
- うまくいかない日
があるのは自然なことです。
大切なのは、
完璧に対応しようとしすぎないことです。
家族や介護者が追い詰められると、
その緊張は、無意識のうちに本人にも伝わります。
次の章では、
帰宅願望が強くなりやすい「時間帯」や「状況」に着目し、
生活リズムや環境調整という視点から、
もう一歩踏み込んだ工夫を考えていきます。
「日中は比較的落ち着いているのに、
夕方になると急に『帰りたい』が始まる」
帰宅願望について、こうした声はとても多く聞かれます。
これは偶然ではなく、
時間帯によって不安が強まりやすい理由があります。
夕方は「不安が重なりやすい時間帯」
夕方から夜にかけては、認知症の方にとって
いくつもの負担が同時に重なります。
- 日中の疲れがたまっている
- 日没で視覚情報が減る
- 周囲の人の動きや生活音が変わる
- これから何が起こるのか分かりにくくなる
認知機能が低下している状態では、
こうした小さな変化でも、混乱や不安の引き金になります。
この時間帯に見られる不安や混乱の増強は、
「夕暮れ症候群(サンダウニング)」と呼ばれることもあります。
「帰りたい」は生活リズムの乱れのサインでもある
夕方に強まる帰宅願望は、
心理的な不安だけでなく、生活リズムの乱れとも関係しています。
- 日中の活動量が少ない
- 昼寝が長くなっている
- 食事や入浴の時間が日によってばらつく
こうした状態が続くと、
「今は何をする時間なのか」
「次に何が起こるのか」
が分からなくなり、
安心感を失いやすくなります。
すると、その不安が
「家に帰りたい」という形で表れやすくなるのです。
予測できる1日をつくる
帰宅願望を和らげるために大切なのは、
予測できる生活の流れをつくることです。
たとえば、
- 起床・食事・入浴の時間を大きくずらさない
- 夕方以降の流れを毎日ある程度決めておく
- 「次は何をするか」を言葉や行動で示す
こうした工夫は、
本人にとっての「見通し」になります。
見通しがあると、
不安は自然と軽くなっていきます。
夕方以降の環境を「安心仕様」にする
帰宅願望が出やすい時間帯だからこそ、
環境から安心感を補うことが重要です。
- 室内を少し早めに明るくする
- テレビや人の出入りを急に増やさない
- 慌ただしい動きを控える
特に照明は重要で、
暗くなるにつれて影が増えると、
空間が分かりにくくなり、不安が強まりやすくなります。
「夜だから暗くて当然」ではなく、
本人が安心できる明るさを基準に考えてみましょう。
「帰りたい」が出やすい時間帯こそ、無理をしない
夕方や夜は、
家族や介護者自身も疲れが出やすい時間帯です。
この時間帯に、
- 何度も同じ訴えを聞く
- 対応がうまくいかない
という状況が続くと、
どうしても感情的になってしまいがちです。
けれど、
帰宅願望が強まるのは、
本人の意思ではなく、脳と生活リズムの影響が大きい時間帯。
「今はそういう時間なのだ」と理解するだけでも、
関わり方に少し余裕が生まれます。
次の章では、
それでも対応が難しい場合や、
家族だけで抱えきれなくなったときに、
どのように支援や専門家につなげていけばよいのかを整理していきます。
帰宅願望が続くと、
家族や介護者の心身の負担は、少しずつ、確実に積み重なっていきます。
「自分がもう少しうまく対応できれば…」
「家族のことだから、私が頑張らなければ…」
そう思ってしまう方ほど、
知らず知らずのうちに限界を超えてしまうことがあります。
けれど、認知症の帰宅願望は、
家族の努力だけで完全に解消できるものではありません。
だからこそ、「支援につなぐ」という選択は、
逃げでも、手抜きでもなく、大切なケアの一部なのです。
「支援につなぐ」は、ご本人の安心にもつながる
家族が疲れきってしまうと、
声かけがきつくなったり、表情がこわばったりしてしまいます。
それは、本人にとっても不安を強める要因になります。
反対に、
- 家族に少し余裕がある
- 誰かと役割を分け合えている
という状態は、
本人の安心感を支える土台になります。
支援を使うことは、
「本人のため」「家族のため」
その両方につながるのです。
介護サービスは「困ってから」ではなく「困りそうな時点」で
多くの方が、
「まだ大丈夫だから」
「もう少し頑張ってから」
と支援の利用を後回しにしがちです。
しかし実際には、
✅帰宅願望が頻繁になってきた
✅夕方以降の対応がつらくなってきた
✅家族の睡眠や生活が乱れ始めている
こうした段階こそ、
支援につなぐ良いタイミングです。
代表的な選択肢としては、
- デイサービス
- ショートステイ
- 訪問介護
- 地域包括支援センターへの相談
などがあります。
「全部を任せる」のではなく、
「一部を預ける」だけでも、
負担は大きく変わります。
医療につなぐことで見えてくることもある
帰宅願望が強い場合、
背景に次のような要因が隠れていることもあります。
- 不安や抑うつ
- せん妄
- 痛みや身体的不調
- 睡眠障害
- 薬の影響
こうした要因は、
家族だけでは判断が難しいことも少なくありません。
医師に相談することで、
- 治療や調整が必要な状態か
- 環境調整や関わり方で対応できるか
を整理することができます。
「薬を増やすため」ではなく、
状態を正しく把握するための受診
という視点で考えてみてください。
「相談していい」という許可を、自分に出す
介護をしていると、
どうしても「自分が我慢すればいい」と思ってしまいがちです。
けれど、
つらいと感じている時点で、
それはもう十分に相談していい状況です。
- ケアマネジャー
- 地域包括支援センター
- 医療機関
- 介護経験のある人
どこからでも構いません。
誰かに話すことで、
「一人で抱えていた重さ」が
少しだけ軽くなることがあります。
帰宅願望への対応は、
完璧である必要はありません。
その人らしさを守るために、
そして、関わる人自身を守るために、
支え合う選択肢があるということを、
ぜひ覚えておいてください。
認知症の方が口にする
「家に帰りたい」という言葉。
それは、
わがままでも、困らせようとしているわけでもありません。
その背景には、
- 今どこにいるのかわからない不安
- 周囲の状況がつかめない混乱
- 安心できる居場所を求める気持ち
といった、言葉にならない心の揺れがあります。
「帰りたい」という訴えは、
場所そのものではなく、
安心・安全・つながりを求めるサインなのです。
だからこそ、
現実を正そうとするよりも、
気持ちに寄り添い、安心感を届ける関わりが大切になります。
否定せず、責めず、
「そう感じているんですね」と受け止めること。
それだけでも、不安が和らぐことがあります。
また、帰宅願望は、
夕方や夜など、特定の時間帯に強まりやすい症状でもあります。
生活リズムや環境を整え、
予測できる一日をつくることは、
本人にとって大きな安心につながります。
それでも、
家族だけで抱えきれなくなることは、決して珍しくありません。
支援や専門家につながることは、
「できないから頼る」のではなく、
よりよい関わりを続けるための選択です。
介護する人が守られてこそ、
その安心は、認知症の方にも伝わっていきます。
完璧な対応を目指さなくて大丈夫です。
うまくいかない日があっても、
それは誰かのせいではありません。
「帰りたい」という言葉の奥にある不安に気づき、
小さな安心を、ひとつずつ積み重ねていく。
その積み重ねが、
その人らしさを守るケアにつながっていきます。
どうか、関わるあなた自身も、
ひとりで抱え込まずにいてください。
📘 関連記事|理解を深めるためのステップ別ガイド
「帰りたい」という訴えは、突然あらわれるものではありません。
不安が芽生え、行動にあらわれ、生活全体に影響し、
それを支える家族の心にも負担がかかっていきます。
気になる段階から、順に読み進めてみてください。
-
🧠 ① 不安の理解(こころの根っこ)
認知症の周辺症状「不安」を読み解く――喪失体験と家族にできる支え方帰宅願望の土台となる「不安」が、どこから生まれるのかを整理します。 -
🚶 ② 行動として現れるサイン
認知症の「徘徊」はなぜ起こる? 行方不明を防ぐための原因理解と対応・対策ガイド「帰りたい」が行動に変わるとき、何が起きているのかを解説します。 -
🌙 ③ 生活リズムから整える視点
認知症の“昼夜逆転”はなぜ起こる?──体内時計の乱れと家族ができるケア夕方〜夜に強まる不安と深く関係する「生活のリズム」に目を向けます。 -
🤝 ④ 支える家族のケア
認知症の家族介護で疲れた心に寄り添う|医師が伝える“支え方”と心のケア介護する人が限界になる前に、支え方と支えられ方を考えます。
行動だけを見ると、対応は苦しくなります。
背景にある不安や生活の変化を知ることで、
ご本人にも、支える側にも、少し余白のある関わり方が見えてきます。
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