出雲大社を参拝して…3
2025/07/22
こんにちは、ヘテロクリニックの木ノ本です。
出雲大社についてのお話も3回め。
出雲大社を参拝して…1:アクセス、ガイド、祓の社、浄めの池
出雲大社を参拝して...2:十九社、釜社
とお伝えしてきました。
文庫(ふみぐら)
出雲大社御本殿背後の北東角地にあります。
寛文(かんぶん)七年(1667年)の御遷宮のときに、新しく建てられた図書館建物です。
寛文七年の天皇は霊元天皇(れいげんてんのう)
江戸幕府は徳川家綱
の時代です。
寄棟造(よせむねづくり)の屋根は栗板の栃葺き仕様。
※寄棟造:4方向に傾斜する屋根面をもつもの
栃葺き:日本建築では板の寸法,形状,葺き方によって、いろいろと名前が付けられています。
栃葺きはこけら葺きより厚い板を粗く葺いたもの
内部は中央が土蔵造
和漢書などの架蔵(かぞう)部屋、その左右が閲覧部屋
※土蔵造:日本建築における耐火構造の一つ。木部の外側を土壁で覆い,白土または漆喰(しつくい)の上塗りをかけたもの。
架蔵:書物などを棚に所蔵すること
貞享(じょうきょう)二年(1685年)
水戸徳川家二代藩主の徳川光圀(水戸光圀)は『大日本史』編纂のため
“助さん”こと佐々助三郎 宗淳(さっさすけさぶろうむねきよ)を出雲大社に調査派遣したそうです。
昔はよくテレビで水戸黄門を見ていた記憶はありますが、
助さんのモデルになった人物の本名を初めて知りました。
こうなると、
格さんのモデルになった人物も気になるところですが、
安積 澹泊(あさか たんぱく)、安積 覚(あさか さとる)、通称 安積 覚兵衛(あさか かくべえ)
という方らしいです。
水戸光圀は自ら考纂(こうさん)した『公卿補任 補闕(くぎょうぶにん ほけつ)』を文庫に奉納しました。
※考纂:物事を深く考え、それをまとめて記録すること
公卿補任:公卿の氏名・就任年月・官位などを年代順に記した職員録
文庫は、
もともと彰古館(しょうこかん)の近くに建てられていましたが、
大正三年(1914年)の彰古館建設によって、今の場所に移ったそうです。
素鵞社(そがのやしろ)
御祭神は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)です。
※注:スサノオノミコト 素戔嗚尊(日本書紀での表記)、須佐之男命(古事記での表記)
素戔嗚尊は、
海と嵐の神様で、
伊邪那岐神(いざなぎ)が自らを浄める際に鼻から生まれたとされています。
三貴士(天照大御神、月読尊 つきよみのみこと、素戔嗚尊)の一人です。
出雲国の肥河上(ひのかわかみ)での
八岐大蛇(やまたのおろち)退治のお話を聴いたことがある人も多いかと思います。
また大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の親神であられ、
大神に国づくりの大任を授けられました。
こちらでは、
砂をいただくことができるのですが、
事前の準備が必要になります。
参考)https://izumo-enmusubi.com/entry/soganoyashiro/









