アフリカを旅して…1

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アフリカを旅して…1

2025/07/03

こんにちは、

ヘテロクリニックの木ノ本です。

 

先日、しばらくお休みをいただいて、

西アフリカに行ってきました。

 

帰国してから、

振りかえりがてら、ちょっとずつ旅の思い出を書いています。

 

そして...まだ書き終わっていない。。。(笑)

 

よかったら、気分転換がてら覘いていってください。

目次

    セネガルとガンビアってどこ?

    具体的に行った国は、

     セネガルガンビアです。

     

    国の名前を聞いて、場所が思い浮かんだ方、すごいですね。

     

    私は、今回の旅まで名前は聞いたことあるけど、具体的に場所はどこ???

    という感じでした。

     

    そんな私のような人のために…。

    アフリカの西。

    下の地図の赤いところがセネガル。

     

    赤いところの一部が欠けていると思いますが、

    そこがガンビアです。

    ちょっとわかりにくいと思うので、

    拡大したものを…。

    なかなか貴重な体験だったので、

    記憶の新しいうちに

    少しずつ書いていこうと思います。

     

    いつものブログの息抜きにでも

    読んでいただけると嬉しいです。

    アフリカに行く前に準備したもの

    イエローカード

    こちらの国は、

    イエローカード(黄熱の予防接種証明書)がないと入国できないかも…

    とのことで、事前に予防接種を受けました。

     

    詳細は、厚生労働省検疫所FORTH 黄熱に注意しましょう!を参考にしてください。

     

     

    航路の選択

    次に、セネガルまでの移動手段です。

     

    提示された移動手段は

    ① ターキッシュエアライン

    成田空港からイスタンブール空港経由でダカール

     

    ② エールフランス航空

    羽田空港からパリ/シャルルドゴール空港を経由でダカール

     

    ③ エミレーツ航空

    成田空港からドバイ空港経由でダカール

     

    私は、①のターキッシュエアライン

    イスタンブール経由でダカールへ行きました。

    具体的には、

    10:35 成田空港 第一ターミナル出発

     ⇓ 飛行時間 13時間10分

    17:45 イスタンブール到着

     

    翌日

    01:15 イスタンブール出発

     ⇓ 飛行時間 7時間20分

    05:35 ダカール空港到着

     

    というフライトスケジュールでした。

    けっこうな長旅です。

     

    出発時間の2時間前までには到着していないといけないということで、

    成田空港付近のホテルで前泊しました。

     

    外貨の準備

    1  セネガルからガンビアの入国時のビザ取得に100米ドル程度かかる
    2  日々の飲み物や買い物用に150米ドル程度が目安

    とのことだったので、

    成田空港についてから、

    米ドルに両替をしました。

    (ユーロでも問題ないとのことでした)

     

    ちなみに、

    現地通貨のセーファーへの両替は

    ダカール空港到着時に

    預け荷物受け取り場所の端にある両替所で行っています。

    (ここをスルーしてしまうとなかなか両替が難しいそうです)

    何を持っていくか

    こちらが旅行会社から推奨された持ち物。

     

    全てを持って行ったわけではありませんが、こちらを参考に持って行くものを決めました。

     

    食べものが合わなかったときのことも考えて、

    お菓子などもしっかり準備。

     

    行ってみて

    持って行ってよかったなと思ったのは

    ・虫よけスプレー

    ・ウェットティッシュ

    ・汗とりシート

     

    なくて不便だったというものは、

    特にありませんでした。

     

    ちなみに、

    お世話になった旅行会社はアフリカ旅行の道祖神です。

    アフリカに向けて出発

    10:35 成田空港 第一ターミナル出発の

    ターキッシュエアラインに乗るために

    2時間前(8:35)までに空港についていないといけない

    ということで...。

     

    始発でも間に合う時間ではありますが、

    ここで横須賀線とか成田エキスプレスが遅延したらシャレにならない

    ということもあって、

    成田空港付近に前泊しました。

     

    前泊のホテル

     

    成田地区唯一の天然温泉があるという

    アートホテル成田に前泊しました。

     

    選んだ理由は、

    ・空港から比較的近い

    ・空港までのシャトルバスがある(到着したい時間帯に)

    ・リーズナブル

    ・天然温泉がある

    というところでしょうか。

     

    この旅行では、

    ゆっくりお風呂に入るということは期待できないので

    出発前にゆっくりとお風呂を堪能しました。

     

    出発当日

     

    いざ、シャトルバスで成田空港へ。

     

    チェックイン

    今回の旅では、特に預ける荷物もないので、

    自動チェックイン機を使って、チェックインを済ませました。

     

    アメリカドルへ両替

    食事はついているとのことだったので、

    これだけあれば十分といわれた250ドルを準備。

     

     

    ターキッシュエアラインでイスタンブールへ

     

    13時間10分という長~いフライト時間

     

    ターキッシュエアラインでは、

    特別食の対応も可能なので、

    私はグルテンフリーに。

     

    フライト中、2回の食事と1回のお菓子のサービスがありました。

    こちらは、エコノミークラスで配られたもの。

    中には、歯ブラシ、歯磨き粉、携帯スリッパ、靴下、アイマスク、耳栓が入ってました。

     

    イスタンブール空港

     

    7時間半の滞在です。

     

    IGAラウンジ

    知人のプライオリティパスの同伴という形で、利用しました。

     

    快適だけど、

    プライオリティパスだと利用時間は、3時間だけ。

    後でわかったのですが、

    私の持ってるクレジットカードでも利用できました。

    同じく3時間だけだけど…。

     

    イスタンブール空港ラウンジ利用ガイド

     

    ちなみに

    ターキッシュエアライン利用者は、

    空港内は無料でwifiが使えます。

     

    イスタンブールからダカールへ

     

    最初の洗礼

    今回のフライト時間は7時間20分

     

    いつも通路側の席を選んでます。

    気兼ねなく、トイレに行けるので…。

     

    ところが、いざ自分の席に向かうとすでに人が座ってました。

    もう一度、自分が持っている航空券と座席番号を見比べてみましたが、やはり間違いはないよう。

     

    座っている人に私の座席番号を見せながら声をかけましたが、

    Noといわれ、窓際の席に行くよう言われました。

     

    通路を挟んで隣の子どもたちとお知り合いのようだったので、

    「しょうがないかな…」とあきらめて、

    窓際の席に座ることにしました。

     

    まぁ、そこまでは、そんなこともあるよね…と思っていたのです。

     

    が、衝撃はここから。

     

    機内食が出たときのことです。

    イスタンブール空港で食事をとったこととお腹の調子がら今ひとつだったこと、ふだんがほぼヴィーガン生活ということもあり、

    無理せずにお肉は一口だけ食べて残すことにしました。

     

    すると、

    突然、隣から手が伸びてきて、なんの断りもなくお肉をとっていきました。

     

    状況が飲み込めず、ぼうぜんとしていると食べかけのお肉まで全て持っていきました。

    いちおうナイフで切ってはいましたが、知らない人の食べかけ…。

     

    ちなみに、とっていったのは、隣に座っていた恰幅のいいおばさまです。

     

    まぁ、残そうと思っていたものだし、食べものを粗末にしなくてすんだのは何よりですが、常識がくずされた感じがしました。

    ダカール空港

    さて、

    ようやく本編。

     

    西アフリカにあるセネガル🇸🇳のダカール空港に到着してからのお話しです。

     

    ダカール空港

    入国審査

    パスポートを見せます。

    旅行中によく聞かれるのが職業。

    ここでは、どこに泊まるのかなども聞かれました。

    その前の同行者が詳しく説明してくれていたので、私は "same tour"で乗り切ってしまいました…笑

     

    両替

    アメリカドルから現地通貨(西アフリカサーファーフラン)へ両替します。

    ここで両替しないと、今回の旅の行程ではあまり両替できるところはないそうです。

     

    なのに…

    前の人の両替で細かいお札が切れたとのことで、あまり少額紙幣はゲットできませんでした。

     

    チップはどうするんだ…

    という不安は抱えつつも、

    ないものはしょうがありません。

    ガイドさんとの合流

    空港へはガイドさんが迎えにきてくれました。

     

    さすがに、

    ガイドさんは日本語を話せないので、

    英語でこれからの予定を説明してくれました。

     

    ちなみに、

    セネガルの公用語はフランス語です。

    とはいえ、

    フランス語を話せる人(3〜4割)のほとんどが第二言語として、フランス語をつかっているようです。

    ホテルでの朝食

    車で向かったのは

    Mövenpick Resort Lamantin Saly

     

    こちらで、

    朝食と車中で食べる昼食のピックアップを行いました。

     

    朝食はビュッフェ形式。

    果物やジュースがとてもおいしかったです。

    ちょうどマンゴーの季節だったようです。

     

    この後、

    車でガンビアのワッス (Wassu)に向かいます。

     

    道中のトイレがあまり期待できないので、

    こちらのホテルで。

     

    出発前に少しだけお散歩してリゾート気分を味わいました。

    セネガルのサリー~ガンビアのワッスへ

    セネガルのサリー (Saly)から

    ガンビアのワッス (Wassu)へ

    専用車に乗っての陸路での移動です。

     

    途中に、

    トイレ休憩は2回ほどありましたが、

    まぁ、便座があったらラッキーという感じです。

    セネガルからガンビアへの手続きは

    ガイドさんがサポートしてくれました。

     

    職業を聞かれて、指紋をとって終わり!

    という感じです。

     

    ガンビアに入国してから、

    ガンビアのガイドさんに合流して、

    目的地に向かって移動です。

     

    ガンビアに入ると

    警察の停車や検問所が頻繁にあります。

     

    慣れたガイドさんが同乗していたので、

    スムーズに進めましたが、

    いなかったら大変なのでは...と思いました。

    ワッスでの宿泊

    最初の宿泊地は、

    Sillah kunda multi purpose centre

     

    思ったよりも快適でしたが、

    最初しばらくはお水は茶色かったです。

     

    とはいえ、

    水の流れはいまいちですが、

    トイレは水洗で、お部屋はキレイです。

     

    Wifiは、もちろん使えません(笑)

     

    日中の行動は暑くて大変なので、

    いったんホテルで休憩して、

    その後にツアー、夕食という流れが一般的でした。

    Baboon Islands

    水面から顔を出すカバ

    ボートからバブーンアイランドを見学。

     

    バブーンアイランドは、

    ガンビア川国立公園に属しているそうですが、

    島には降りることができません。

     

    きまぐれにカバが川から顔をのぞかせてくれました。

    野生のカバを見たのは、初めてだったので、

    レアものを見たみたいな感じで楽しかったです。

    セネガンビアの環状列石

    現在では、セネガルとガンビアとは異なる国で、

    公用語もフランス語と英語と違う言語ですが、

    かつては同じでセネガンビアと呼ばれていました。

     

    つまり、

    民族的には同じなのですが、

    イギリスとフランスの植民地争いの結果、

    今の国境が決まりました。

     

    話を戻しまして、

    ガンビア川沿いには、1000を超える遺跡群が点在しています。

     

    その中でもガンビア川中流域の約350kmの範囲に

    4つの大きな環状列石群があり、

    93ものストーン・サークルが世界遺産に登録されています。

     

    今回、私たちが訪れたのは、

    ワッス周辺にあるジャルンベレ (Djalloumbéré)。

    セネガンビア環状列石のうち最大といわれるところです。

     

    1つの環状列石には、

    円形、あるいは多角形の巨石が8本から14本ぐらい立てられていて、

    直径4mから6mの環状に並べられています。

     

    環状列石が造られた理由は解明されていませんが、

    採石や精密な加工が施されたあとが見られることや、

    これらの全てが古墳付近にあることから、

    おそらく、葬儀に関係していると考えられています。

     

    ちなみに、

    環状列石は8世紀~12世紀にかけて作られたと考えられています。

     

    8世紀~12世紀というと

    日本だと奈良時代~鎌倉時代初期くらい。

     

    世界に目を向けると

    8世紀末に強大化したフランク王国が、

    9世紀には分裂し、962年には神聖ローマ帝国が成立

     

    8世紀にバイキングがアイルランドやイギリス沿岸部に侵攻

    9世紀にはフランスやスペイン沿岸部にまで侵攻するようになり

    911年にはバイキングの首領ロロがノルマンディー公国を成立

     

    10世紀には封建制度がヨーロッパ各地で確立

    ということがあったようです。

    ガンビアについての豆知識

    ガンビアの正式名称は、ガンビア共和国 / Republic of The Gambia

     

    アフリカ大陸でもっとも小さな国で、

    国土の周り三方を隣国セネガルに囲まれています。

     

    ガンビア川の両岸が国土という、東西に細長い形です。

    人口も2023年時点で、約269万人といいますから、日本の大阪市とほぼ同じ(大阪府は約880万人)です。

     

    ちなみに、ガンビアが独立したのは、1965年。

    昭和40年、今から60年前です。

     

    ちょうど日本は、

    「いざなぎ景気」と呼ばれる高度経済成長期に入ったところですね。

     

    ガンビアの国旗は、

    赤は太陽を、

    青は国の中央を流れるガンビア川を、

    緑は農業資源を、

    白は団結と平和を

    意味しているそうです。

    ガンビアは、

    独立する前まではイギリス領だったので、

    公用語は英語です。

     

    ただ、多くの人々はマンディンカ語、フラニ語、ウォロフ語といった現地のエスニックグループの言葉を日常的に使っています。

     

    なので、

    通訳ができるガイドさんは必須。

     

    今回も宿泊先での食事の要望や宿泊先での困りごと(エアコンが動かない、トイレの水が流れない)など、対応していただきました。

    クンタ・キンテ島(ジェームズ島)

    アメリカの黒人奴隷を描いたアメリカのドラマ『ルーツ』をご存知でしょうか?

     

    私は旅行中に初めて知りました。

     

    そこに登場するクンタ・キンテもガンビア出身のマンディンカの人々がモデルになっています。

     

    クンタ・キンテ島(ジェームズ島)は、かつて西アフリカの奴隷貿易の拠点となった島で、ユネスコの世界遺産にも登録されています。

     

    今回の旅で私たちもこの島を訪れました。

    多くの人たちがこの島に奴隷として収監されました。

     

    ここで名前やアイデンティティを奪われ、焼印を押され、アメリカに送られたそうです。

     

    この島から送り出された黒人奴隷は3世紀の間で300万人に及んだとされています。

     

    今のガンビアの人口よりも多くの方がこの小さな島から送り出されたということになります。

     

    当然、送り出される前にこの島で亡くなった人も大勢いました。

    大西洋黒人奴隷貿易

     

    この旅に出るまで、

    ほとんどこのことに関する知識はなかったので、ちょっと調べてみました。

     

    現代の平和な日本にいると

    そもそも組織的・国家的に奴隷貿易をするというのがピンときませんが…。

     

    サハラ以南のアフリカ黒人を奴隷として拉致し商品化する行為を、組織的・国家的にはじめたのは、15世紀のポルトガルです。

     

    最初の人として、名前が挙がってくるのが

    ポルトガルのエンリケ航海王子。

     

    1441年に彼が派遣した艦隊がモロッコ南部のリオ・デ・オロに上陸し、

    アフリカ人を捉え、奴隷として本国に連れ帰ったのが始まりとされています。

     

    彼はまたキリスト騎士団長でもあったそう。

    なのに奴隷貿易???

     

    と思ってしまいましたが、

    その当時はローマ教皇も奴隷貿易を承認したとの記載もありますので、

    現代の私たちの感覚とは全く違うのかもしれません。

     

    私は今回初めてエンリケ航海王子という人を知ったのですが、

    彼のアフリカ沿岸航路への挑戦によって、

    大航海時代が始まったとも言われているそうで、

    それを考えると結構、その後の世界情勢に影響を与えた人なんじゃないかなと思います。

     

    1441年、この時の日本

     

    大航海時代の幕が明けようとしている時の日本はというと

    ちょうど室町時代。

     

    1441年には、

    6代将軍・足利義教(あしかが よしのり)が播磨・備前・美作の3ヶ国守護である赤松満祐(あかまつ みつすけ)に暗殺されるというクーデター(嘉吉の乱)が起きました。

     

    このことは、将軍の権威に大きな傷をつけることになり、

    足利将軍と室町幕府失墜の原因の一つになったともいわれています。

     

    戦国時代の幕開けの要因となる出来事が起きた年。

    KUNTA KINTEH ROOTS CAMP

    2泊目はこちら。

    Kunta Kinteh Roots Camp

     

    クンタ・キンテの生家のあるジュフレの近くアルバダルでの宿泊です。

     

    電力供給不足によるエアコンやお水の問題はありましたが

    思ったよりも快適に過ごせました。

    ガイドさんのおかげともいえますが…。

    Lion walk

    ガンビアでのガイドさんと別れ、

    再びセネガルへ向かいます。

     

    そして、なぜか旅行前には予定に入ってなかったライオンウォークをすることに…。

     

    セネガルのガイドさん一押しで、

    この予定なら間に合わせるために、ガイドさんがいろいろ頑張っていたと言っても過言ではありません。

     

    というわけで、

    ライオンウォークのために

    Fathala Wildlife Reserveへ。

    当初の予定になかったので、

    ライオンウォークって何???

    という疑問をいだきつつもツアーに参加。

     

    他のグループの人たちも加わって、

    いざ、出発。

    この子たちといっしょにお散歩をする

    ツアーでした。

     

    小さい時から棒を持った人に服従するよう育てられていたそうで、

    参加する人たちは、みんな棒を持たされました。

     

    この子たちは、

    ヨーロッパの動物園で生まれたのですが、

    育児放棄され、生後3か月でファタラ保護区へ連れてこられたそうです。

     

    決まったコースをこの子たちの後ろをついて歩きます。

    そして、

    おそらくは決められた場所で木に登り、

    写真タイム。

    ちなみに、

    ガイドさんが一番楽しんでました(笑)

    LES PALETUVIERS Hotel

    Lion Walkの後は、

    本日の宿泊先LES PALETUVIERSがあるサルーム・デルタに向かいます。

    なんだか、

    一気に現代の

    しかもリゾート地に来た感じです。

     

    Wifiも問題なく、つながりました。

     

    こちらで、

    ウェルカムドリンクをいただいてから

    お部屋でくつろいで…

    お出かけは夕方からです。

    サルーム・デルタ(Le delta du Saloum)

    ちなみに、このホテルのあるサルーム・デルタは

    2011年に登録された、アフリカ・セネガルの世界遺産です。

     

    名前から想像がつく方もいるかとも思いますが、

    サルーム・デルタの「デルタ地帯」のことです。

     

    デルタ地帯と聞いて

    「あっ、聞いたことあるけど、なんだったけ?」

    と思われた人もいるのではないでしょうか。

     

    そこで、

    私のようにぼんやりとしか理解していない人のために…笑

     

    デルタ地帯とは、河口付近に形成される三角州。

    川が運んできた土砂が堆積してできた地形が、

    ギリシャ文字の「Δ(デルタ)」に似ていることから、

    デルタ、またはデルタ地帯と呼ばれています。

     

    ちなみに、

    このサルーム・デルタは

    サルーム川、ジョンボ川、バンジャラ川およびその支流で形成されていて

    面積はなんと50万ha。

     

    西アフリカ屈指の野鳥の群生地です。

    また、マングローブ林も広がっています。

     

    こちらでの貴重な体験は、

    また次回。

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